海をわたる大根


「東京沢庵缶詰ラベル」(横浜開港資料館所蔵)

 練馬大根がつくられはじめた江戸時代、日本と国交のあった朝鮮(ちょうせん)から、「朝鮮通信使」と呼ばれる人が江戸城によく来ていたんだって。その朝鮮通信使に、江戸の人たちは「1440キログラムの練馬の土と練馬大根の種をおみやげに献上した」と、当時の本に書いてあるんだ。

 え? おみやげが土? ケーキとかじゃなくていいの? って思わなかった? それが違うんだなー。江戸時代の中頃は、日本を代表する練馬大根を、「ぜひ食べてみて!」という気持ちであげたのさ。それも、練馬の土じゃないとおいしくならないから、「土も一緒にどうぞ」って持たせてあげたんだね。気が利いてる!


ほまれ沢庵缶詰ラベル(横浜開港資料館所蔵)


「東京沢庵缶詰ラベル」(横浜開港資料館所蔵)

 練馬大根がつくられはじめた江戸時代、日本と国交のあった朝鮮(ちょうせん)から、「朝鮮通信使」と呼ばれる人が江戸城によく来ていたんだって。その朝鮮通信使に、江戸の人たちは「1440キログラムの練馬の土と練馬大根の種をおみやげに献上した」と、当時の本に書いてあるんだ。

 え? おみやげが土? ケーキとかじゃなくていいの? って思わなかった? それが違うんだなー。江戸時代の中頃は、日本を代表する練馬大根を、「ぜひ食べてみて!」という気持ちであげたのさ。それも、練馬の土じゃないとおいしくならないから、「土も一緒にどうぞ」って持たせてあげたんだね。気が利いてる!


ほまれ沢庵缶詰ラベル(横浜開港資料館所蔵)


東京沢庵缶詰ラベル(横浜開港資料館所蔵)