下肥(しもごえ)のうばいあい

 1720年頃、関村(いまの関町北、関町南、関町東、立野町あたり)では、下肥がいくら位だったのか記録が残っているから見てみよう。

 下肥……馬一頭背負う分 300文(現代で5000円ほど)

 灰………馬一頭背負う分 400文

 畑1反(約10アール)に、下肥など馬7頭背負う分を使う(現代で3万5000円)

 小学校の校庭ぐらいの畑は10反ほどだから、現在のお金にすると下肥などの肥料だけで35万円の費用がかかっていたことになるね。これは当時の農民にとってはすごく負担だったんだ。
 だから、「しもごえの値段をさげてください」というお願いが、1789年(寛政元年)11月に武蔵・下総の2か国・1000村から出たんだって。そのあとも、1843年(天保14年)、1867年(慶応3年)にも同じようなお願いが出たそうだよ。